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障害告知~受容の難しさ

息子に自閉症の診断がおりたのは息子がまだ1歳10か月のときです。

3人目の子供だったので発達の遅れは何となくわかってはいましたが、少し遅れているだけだろうと軽く考えていました。

 

そんな矢先のまったく予想もしていなかった自閉症という診断。医師は息子が当時大好きだったクルクル回るおもちゃで遊んでいる姿を見てすぐさま、

「お子さんは自閉症ですね。言葉は無理かな…」とあっさり診断を下しました。

 

鈍器で頭を殴られたような衝撃と、絶望感。すべての思考が止まり、涙が手の甲にポタポタ落ちていくのを呆然と眺めることしかできませんでした。あの時の衝撃は一生忘れることはないですね。人生最悪の日であることには間違いありません。

医師はそのあとも手帳の申請がどうとかもらえるお金はもらいましょうとか、泣いている私に矢継ぎ早に伝えるべきことを伝えようとしていましたが、話にならないと思ったのか、『自閉症とは』と書かれた用紙を私の目の前に置き、重要な部分に下線を引いて持って帰るようにと促しました。

突然突き付けられた「障害者の親」というレッテル(当時の私の勝手なイメージです!)。言いようのない絶望感に襲われ、そのあとどうやって帰宅したのかも覚えていません。待合室で診察が終わるのを待っていた娘たちに泣き顔を見せないよう、私だけ大雨の中わざと傘もささずにびしょ濡れになって歩いたのだけは覚えていますが…。

 

自閉症という障害は聞いたことはあるけれど、この先息子とどう関わればいいのか、私にそれができるのか、当時の私にはさっぱり見当もつきませんでした。息子はこの先どんな不自由な生活を強いられるのか、親なきあとこの子はいったいどうなってしまうのか悩みは消えることも解決することもなく、障害受容の難しさと直面していくことになります。

遠方で暮らす実母にすら迷惑をかけることを恐れてなかなか言い出せず、娘たちにも知られてはいけないような気がして告知はしていませんでした。そうなるとますます息子と家にこもりっきりになり、「死」という言葉も常に頭の片隅に置くようになっていました。

あのまま暗い部屋の中で過ごしていたら今の私と息子はいなかったのかもしれません。

それぐらい追い詰められていました。本当に愚かな考えだったと今は反省しています。

 

障害受容はショック⇒否認⇒悲しみと怒り⇒適応⇒再起と、大体このような過程を辿るようです。思い返せば私もまさしくこの通りに進んできました。

人間は考える葦であるとはよく言ったもので、相当な時間は必要ですが、ショックを受けてもその状況に柔軟に対応し必死で這い上がる力を携えています。

ただ、障害を受け入れたとしても不安や悩みは消えることはありません。

息子の寝顔を見ながら涙が勝手にこぼれてしまう日が今でもあります。

でもどういうサポートが受けられるのか、どこに相談すればいいのかがわかっているので、以前みたいに漠然とした不安感に押し潰されることはなくなりました。息子も12歳。障害がわかってもう10年です。時間はかかりましたが私も少しずつ障害に対する理解を深め、ありのままの息子を受け入れることができました。息子を通して繋がっていった、たくさんの方々とのご縁は私の宝物であり支えとなっています。

 

かわいいわが子に障害の宣告を受けるのは親として非常に深いダメージを受けます。

神様はその人が越えられる試練しか与えないと言いますが、越えられるとは到底思えないほどの高い壁です。

 

障害の告知を受けたとき、情報が欲しくていろいろネットで調べていましたが、一番共感できたのは先輩お母さん方の生の声でした。やはり実体験に基づく話に勝るものはありません。いろんな壁をいくつも乗り越えてきたであろう姿はたくましく、息子を悲観的に捉えている自分との違いに愕然としましたが、これではいけない!と前向きな気持ちにもなりました。

 

お母さん方からは実体験に基づく話を聞いたり、福祉サービスについての情報、病院や学校、訓練の情報など貴重な情報をたくさん得ることができました。さらに、障害の特性を知ることで声かけや対応の仕方がわかり、息子も随分ストレスが減ったのではないかなと思います。障害告知を受けたときは、母親である私のストレスを息子は敏感に感じ取り、二人とも心身ともに疲弊していました。出口の見えないトンネルの中でそこから動くこともできず、毎日息子の将来を悲観して泣き暮らす日々…。子供はこうでないといけない、この年齢ならこれくらいできないといけない、と私の価値観を押し付けてしまったことで受容するどころか息子を否定していたのだと思います。私が無知だったために息子にはかわいそうなことをしました。

 

障害の有無にかかわらず自分の大切な息子であることに変わりはない。

それを再認識したことで私の受容はぐっと進んだように思います。

相変わらず有意語は少なく会話をすることはできませんが、笑い声の絶えない毎日を送れているのは間違いなく息子のおかげです。

 

お母さんが元気なら、子供も元気!

子どもはみんなお母さんの笑顔が大好きです。

 

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